2004年12月28日

足穂と飛行機と関節人形

ひさしぶりに足穂を読んでいた。

・・・でも、そのことは確かだ。此処にある太いタイアの滑走車や、ハンドルや発動機がちゃんと、あの写真にあるように完全な飛行機として結合されていた時、その全体は、雪のように真白く咲き乱れた競馬場のクローバーの上を、小さな雛型の花々に宿した朝露を蹴って舞い上がり、あのように勇ましく春風を切って高く高く飛んで行き、矢のように伏見の練兵場のまんなかに衝突して壊れてしまった! (稲垣足穂『白鳩の記』)

武石浩玻のことをぼくが知ったのは、もちろん稲垣足穂の著作を通じてのことだ。高校時代、ぼくは二度ほど校内の「図書新聞」というやつにテキストを書いたことがある。そのすべてが稲垣足穂についてだった。最初のテキストは『一千一秒物語』とその宇宙論について、次のテキストは足穂と機械と飛行機についてだった。

飛行機という純粋機械について考えること。
当時ぼくは、澁澤龍彦と聖サド、ハンス・ベルメールとアドルフ・ヴェルフリ、クセナキスとシュトックハウゼン、クラフトワークとアインシュテュルツェンデ・ノイバウテンに傾倒していた。かなり奇怪な趣味だったと思う。
足穂の「落ちるための飛行機」という観念は、この頃のぼくの志向を貫通するなにかをあらわしていた。

+ + +

武石浩玻が死んだのは、大正2年のことだった。日本で最初の都市間飛行(大阪−京都間)に挑戦し、その帰り着陸に失敗して京都深草練兵場に墜落死したのだった。

武石浩玻(1884生〜1913没) 武石浩玻(1884生〜1913没)

「短い口髭がある口辺を片笑ませた武石浩玻の半身像は、あの風立ち易い春の日の如くに神秘的である」と足穂は書いている。
この当時の飛行機はよく落ちた。墜落死する飛行家も多かった。この頃の飛行機は「純粋機械」と呼ぶにふさわしい。何かを運ぶためでもなく、スピードを競うためでもない。ただ飛ぶために飛び、必然的に落ちる。そんな機械はいまこの世界にない。

大阪練兵場にいつたん着陸してから、菜の花はちりたてゝ野は一面に青麦の畑、風快き鳴尾の空にヒバリの声を脚下数百尺に置いて、電光の如く飛んで行きながら、予は初めて故郷の懐かしき春の色の湧き立つさなかに在つて、夜に壮快なもの、痛快なるものを真に味ひ得たる心地がした・・・ 天王寺拓殖博覧会上を一周して、二千尺の天空を城東練兵場に向つて突下さる時は、雷の如く起る歓呼の声に十数万の観衆と握手するやうな気がしました。(朝日新聞より、武石浩玻の言葉)

ベルメールの関節人形 ベルメールの関節人形

純粋機械には死の匂いがする。
たとえば(機械ではないけれども)ハンス・ベルメールの関節人形は、あれは生きたなにものかの似姿ではない。押井守は関節人形が「死体」をあらわしてるのではないかと書いていた。もっと的確に言えば、死という観念そのものが、関節人形の硬く冷たい肌、関節の陰のなかにあるということだ。「ベルメールの少女趣味」や「人形の創造主たるベルメール」だけをことさらクローズアップするのは彼の芸術の本質を見逃すことになってしまうと思う。ベルメールの芸術は徹底的に観念的だ。その点、バルテュスの対極にいる芸術家だ。

そうそう、飛行機の話だった。
ぼくが生まれた頃には、すでに純粋なものなんて存在しなくなっていた。かろうじて音楽や映画の中にだけは「純粋のかけら」が見つかることはあっても、同時代の文学にはすでに失われていたし、機械の中にもなくなって久しかった。
純粋なものは死と結びついている。ぼくにとって純粋とは形而上なものだった。それを教えてくれたのが足穂であり武石浩玻だった。

ブレリオ式飛行機 ブレリオ式飛行機

+ + +

死について考えていたなんて、ぼくにも思春期があったんだな。いまさらながらそんなことを思う。

稲垣足穂の『ファルマン』という短編にこんな言葉がある。大好きなフレーズだ。

 ファルマン! ファルマン!
 ファルマンの星型廻転式エンジン!
 ファルマンの絹張のつばさ!
 ファルマンのピアノ線!
 ファルマンの空気入りタイア!
 ファルマンの胡桃製のプロペラ―!
 プロペラの蝶! ファルマン!


ファルマン式飛行機 ファルマン式飛行機
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2004年12月25日

いま/ここにある不穏

クリスマスイブに『攻殻機動隊 Stand Alone Complex 2nd Gig 10』なんぞ観ていた。

この巻では以下の2話が収録されている。

 第19話「相対の連鎖 CHAIN REACTION」
 第20話「北端の混迷 FABRICATE FOG」

九課のメンバー 北端択捉

「出島」が自治区宣言を行う。それにともなう混乱を出島と北端択捉を舞台に描く。武装化していく難民たち、ロシアから流出したプルトニウム。

ここで少しだけ描かれるクゼの「カリスマ」。草薙はクゼのゴーストへ潜り「あてられ」、おそらくバトーもクゼと対峙することで「あてられ」る。ゴーダの言語による革命とクゼの革命(難民との並列化)の決定的な差異が語られる。とくに電脳化されていない少年と並列化する様子が描かれていて、まさに「相対の連鎖」だ。

この後、物語は公安九課と内庁だけでなく、難民・自衛軍さらに米帝まで絡んで陰謀が政治化していく。

ファッショ(偽装したファッショではなく、まさに真正で純然たるファッショ)の出現を、このようなかたちで描いた物語をぼくは知らない。「並列化」という言葉で戦争を考えた論考も知らない。いいかげん、ヴィリリオだけを引用するのはやめにしないか。ヴィリリオには、チェ・ゲバラもマルコムXも語れない。

+ + +
 
 僕は穏やかに死んでゆく いつも少しずつ死んでゆく
 ひどく穏やかに死んでゆく ぼくはやわらかく死んでゆく
 言葉などもう無いだろう

 evertthing's familiar, but i feel separate...etc...
 blank, absolutely blank!...etc...

 逆巻く波間の小船で更に1000年
 ジョークのつもりがほんとに降りれない
 制御不可能で自爆もままならず
 徹尾徹頭非合理な現実よ
 world is yours yeah,world is just yours yeah
 この際だ笑うのさ aha-ha-ha...
 world is yours yeah,world is just yours yeah
 大声で笑うのさ aha-ha-ha...


このシリアスな物語を見ながら、ぼくは今日仕事をしながら聴いていたフリッパーズ・ギターの『ヘッド博士の世界塔』を考えていた。というよりも「世界塔よ永遠に」の詞だ。

この不穏な詞にリアリティを感じることは、いま/ここにファッショの可能性を認めると言うことだ。おそらくファッショは、ヴィリリオやらブライアン・キイの想定しているようなメディア・テクノロジーからは生まれない。速度や自動化、埋め込みは飼いならしのための技術だ。しかしいつか、このような「システムによる重大な搾取」への気づきと怒りがファッショを生むことになるのかもしれない。

+ + +

今日のぼくの思考を支えた音の群。

 Beauty / Ryuichi Sakamoto
 Compilation Album Vol.4 Tokyo Bossa Nova / V.A.
 Lovebeat / Yoshinori Sunahara
 United Future Organization / United Future Organization
 Wonder / Small Circle of Friends
 ヘッド博士の世界塔 / フリッパーズ・ギター


Beauty / Ryuichi Sakamoto Compilation Album vol.4 TOKYO BOSSA NOVA / V.A. Lovebeat / Yoshinori Sunahara

United Future Organization / United Future Organization Wonder / Small Circle of Friends ヘッド博士の世界塔 / フリッパーズ・ギター
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2004年12月21日

柚子と橙

冬至だから柚子湯をたててあゆむくんと入ることにした。
あゆむくんは柚子が入ったお風呂が珍しいらしく、おもちゃも使わず柚子をひたすらいじくっていた。これであゆむくんは風邪を引かずに冬を乗り越えられるだろう。

+ + +

蕎麦粉をつゆの蕎麦練のごとく、鍋にて堅くねりて、其上へ水一ぱい入れて焚く。是は蕎麦のあくけをとるため也。湯をすて、その後ねりなおすべし。・・・膳を出すに、さ湯あつく沸し、椀に入れ、右の蕎麦練、玉子ほど椀取り、湯に浮かべて出す。香頭は常の蕎麦切のごとし。

柚子は香味として用いるけれども、とくにこれを「香頭」という。引用したのは寛延年刊の『料理山海郷』。蕎麦と柚子とは江戸時代の初期から相性が良いとされていたらしい。ぼくはこの本を他著の引用や孫引きでしか知らないが、とても面白いらしい。巻き寿司の作り方や「茶碗蒸し」という言葉の初出はこの本だと思う。なのに残念ながら翻刻されていない。東洋文庫あたりで出ないかなあ。欲しい本の一つなんだけど、原著は50万円くらいはする稀覯本だ

もっとさかのぼって、長享年間(室町時代中期)に成立した『四条流庖丁書』に曰く、

白鳥・菱喰・雁ナドノ皮入ノ時は、ヘギ生姜ヲカウトウニ可置。万、美物ソシメ匂有ル夏ノ時分ハ、柚ヲヘギテ可置。是物ノ匂ヲ為可紛也。当世吸口ト名ヲ付テ、万ノ毎物香頭ヲ入ルヽ事、如何ナル仕立ゾヤ。非当流、不可承引。

「吸口」とあるから、この時代の香頭はお吸い物に使われていたようだ。
元来日本の食事における「香り」の扱いは、「木の芽」のようにそれそのものの香りで季節を感じるものだった。しかし香頭は「物ノ匂ヲ為可紛」使われたものである。こういう香りの使い方は、実は中国的だ。

本来、中国での香頭は二種類以上の香料を混ぜ合わせたものを言う。
古来より日本では一種類の香りを深く楽しむことを好んだ。季節と香りが対応しているわけだが、中国では素材の持つ臭いを隠すために使う。遊牧文化と農耕文化が融合して、中国ではこういう調理技術が発達したのだろう。
また日本へは、室町時代になって禅僧などが持ち込んだのだと思う。(きちんと資料にあたっていないので、憶測だけれども。)

+ + +

柚子の学名は「Citrus junos」。中国で「Citrus junos」に対応するものは「橙」だと思うのだが、どうだろうか。「橙」は日本では「だいだい(Citrus aurantium)」のことだ。

Citrus junos Citrus junos  Citrus aurantium Citrus aurantium

宋代に林洪が著した『山家清供』にはこんな料理が紹介されている。(東洋文庫にテキストがあるので興味がある方はどうぞ。)

橙の大きいのを、頂を切って穣をほじり出し、汁を少し残しておいて、蟹の卵と肉をその中に詰め込み、元の通りに蔕を頂にかぶせて、甑に入れ、酒と醋を入れた水で蒸しあげてから、醋を加え塩を入れると、香がよい上にさっぱりとして旨く、「新酒に菊花、香橙に■蟹」といった興趣を覚える。(■は虫偏に旁)

柚子味噌の味噌の代わりに蟹の卵を詰めたような料理だけれども、皮ごと食べるものらしいから使われているのはCitrus aurantiumではないだろう。Citrus aurantiumの皮は苦いからだ。それにCitrus aurantiumでは「香橙」というほどには香りはたたない。

と思ってあちこち調べてみると『爾雅翼』巻十に曰く橙の黄バム時、橘ハ方ニ尚オ緑ナリというテキストがあって、この仮説が補強できそうだ。Citrus junosは秋に色づき、Citrus aurantiumは冬に色づくものだからだ。

誰かこの辺に詳しい方いませんか? 
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夕やけ小やけ

子どもの頃のぼくの家は、山の中腹にあった。
家から30分ほど山道を登ると小さなお堂が2つあった。急な石段の上と下に一堂ずつ。鎌倉時代、この土地に疫病が流行ったときに創建されたというお寺の跡で、古いお堂と苔むした五輪塔、それに大きな杉の木がたくさんある静かな場所だった。
ご本尊は薬師如来だったと思う。

小さな頃は怖い場所だったが、いつの頃からかこの場所でぼんやりすることが多くなった。春にここで本を読んだりするのが好きだった。

いま、あそこはどうなっているだろう。古いお堂はまだあるのだろうか。もう十数年は行っていない。これからも行く機会はないかもしれない。

山道を登る途中、桑の木がたくさん生えているところがあった。たぶん昔の桑畑が放置されて半ば野生化していたのだろうと思う。黄緑色の葉っぱが太陽に透けて綺麗だった。夏になると赤黒い実ができる。甘酸っぱくて美味しかった。

Morus bombycis Morus bombycis

  山の畑の 桑の実を
  小籠に摘んだはまぼろしか


三木露風の「夕やけ小やけ」の2番はこんな詞だ。桑の実を知らないひとも多いだろうな。

お堂に行くのに細くて古いコンクリート道路を歩いた。もう長い間舗装工事もされていないので道はガタガタだった。ぼくは夏休みの朝早くにこの道を通るのが好きだった。朝ご飯も食べずに、セミの鳴き声を聞きながら古いお堂へ向かった。その途中でよくこの桑の実を食べた。夏休みが終わる頃、桑の実もなくなる頃には、まだ青くて酸っぱい温州みかんを失敬して食べた。

コンクリートの道路も途中からなくなって、ほんとうに土が剥き出しの山道になる。
森の中をずんずん歩くと、急にお堂に出るのだ。夏のお堂は蚊が多くて長くいれなかったけど、古くて危なくて長い石段を登ると、風が気持ち良かった。

あの空気の感触、セミの声、風の匂い、光。とてもよく憶えている。
なぜか不意に昔のことを思い出した。懐かしい光景。なんでだろうな。

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2004年12月18日

クェーサーの話など

むかしぼくは天文学者になりたかった。自作の望遠鏡も作りたかったし、家に天文台の白いドームを作ってみたかった。でもほんとうは天体望遠鏡を覗いたことなんて、学校のものなど2,3度ほどしかない。

そのぶん本をたくさん読んだ。講談社のブルーバックスシリーズをよく読んでいて、『現代天文学事典』が中学生の頃の愛読書のひとつだった(その一方で澁澤龍彦を耽読するようなねじれたガキんちょだった)。ブルーバックスでクォークということばを知ったし、シュヴァルツシルト半径や事象の地平線、「毛が3本あるブラックホール」の話を知ったりもした。

+ + +

小学生のころ、学研の学習百科事典には「準星」という不思議な天体のことが書かれていた。猛烈なエックス線や赤外線、電波を発する天体のことだけど、その事典には宇宙空間をすごいスピードで飛んでいる真っ赤な星の絵が載っていて、子どもながらとても不思議だった。宇宙の果てにはこんなヘンなものがあるんだって。

中学生のころ『現代天文学小事典』には、「準星」ではなくすでに「クェーサー」という用語で書かれていた。われわれの銀河系の100倍から1000倍もエネルギーを放っている活動的な銀河の中心核。あまりに遠方にあるので、著しい赤方偏移を示す。

クェーサーのわかりやすい模式図
クェーサーのわかりやすい模式図

おそらく銀河が発生する初期に、何らかの理由で銀河面に対して垂直方向に上図のような高温高速なガス・ジェットが出されたものらしい。その際、とてつもないエネルギーを発する。しかもコンパクトな領域でこれらのエネルギーが放出されているために、当初は「星」のように考えられてきたわけだ。

VLBI観測網によるクェーサー「3C 345」の電波画像
VLBI観測網によるクェーサー「3C 345」の電波画像

現在では、複数の銀河が衝突・合体する過程でクェーサーが生まれると考えられている。活動的なクェーサーは楕円銀河の中心核であることが多い。また、その中心には超巨大なブラックホールがあるらしい。

降着円盤とジェットの模式図
降着円盤とジェットの模式図

+ + +

いや、だからどうだというわけじゃない。
宇宙の話は楽しい。それは、まだ人間が見たことのない光景を、想像させてくれるからだ。
いま、火星ではオポチュニティとスピリッツの2台のローヴァーが活動している。土星にはカッシーニという探査機がいて、タイタンや土星、あの美しいリングの画像を送ってきている。
あああ、ぼくもタイタンに行きたい。

Titan's Many Layers from JPL
Titan's Many Layers from JPL

そうだ、X−102(Underground Resistanceの別名義)の『Discovery the Rings Of Saturn』というとても美しいアルバムがあった。1992年デトロイト発のテクノ。当時「デステクノ」なんて言われていた実験的で破壊的な音像。だけど、カッシーニの画像にこのアルバムはぴったりだ。

とりあえず、音楽で飛んでみることにする。

Discovery the Rings Of Saturn / X-102
Discovery the Rings Of Saturn / X-102
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2004年12月16日

おそらくそれは祈りに似ている。

あるひとのブログを読んで思ったこと。

  sensation

 夏の爽やかな夕、ほそ草をふみしだき、
 ちくちくと穂麦の先で手をつつかれ、小路をゆこう。
 夢みがちに踏む足の、ひと足ごとの新鮮さ。
 帽子はなし。ふく風に髪をなぶらせて。

 話もしない。ものも考えない。だが、
 僕の心の底から、汲めどもつきないものが湧きあがる。
 さあ。ゆこう。どこまでも。ボヘミアンのように。
 自然とつれ立って、――恋人づれのように胸をはずませ……


Arthur Rimbaud Arthur Rimbaud

もうとっくの昔に夏は終わってしまっているけどw

『イリュミナシオン』のランボオに耽ったのはいつの頃だったろう。
高校生だったっけ。
高校の図書館は半地下で、天窓から日光が降り注いでいた。ぼくは寮生だったから朝から晩まで学校の中にいたわけだが、この図書館と、それに隣り合った同じく半地下の美術室がとても好きだった。図書館には年配の司書の先生がいて、フランス文学から明治の漢文の話までなんでも話したもんだった。
金子光晴訳の『イリュミナシオン』を最初に読んだのは、たぶんこの図書館だったはずだ。

もちろんその頃には、60年代や70年代のランボオ論とは違った、詩を捨て去ったあとのランボオに着目した論考も出ていて、ぼくは年齢的にずいぶん恵まれていたように思う。

思えば、ぼくはこの頃から少しずつ自分の魂を拡張する努力をはじめた。ランボオがあのパリ・コミューンのなかで何を見たのか。ヴェルレーヌとの愛の中に何を見たのか。『地獄の季節』を燃やし、詩を捨てたのはなぜか。ランボオは詩を捨てて、アフリカで交易に従事する。そこになにをぼくたちはみるべきなのか。

ぼくはここで柄谷行人などを念頭においているわけだ。
柄谷風に言えば「交通」をランボオは体現したのだ。価値は異なるシステム間の交通からのみ生まれる。マルクスがすでに発見していたことだが、柄谷は行為に重点をおいて論ずることで新しい思想を開いた。これは経済学のなかだけにとどめるにはもったいない発見だ。もっと俗な言い方をすれば「越境」の可能性ってやつだ。

高校生の頃、もっとも多感な頃、この魂を拡張する技術の可能性を知ったのはぼくにとって幸福なことだったように思う。魂の中に世界のための余地を残すことができたからだ。ぼくの魂にはたぶん窓が開いていて、風が吹き込んでくることもある。苦しいときはそれを待つ。おそらくそれは祈りに似ている。
神なき祈り、大江健三郎がここ十数年考えていることとも連関しているだろう。

+ + +

大学生の頃、エクトル・ザズーがプロデュースした『Sahara Blue』にショックを受けた。これは、サハラに消えたランボオの内面にもっとも迫り得たクリティックのひとつだったと思う。

Sahara Blue / V.A. Sahara Blue
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長い日の予感(12/10-12/15)

12/10

この日、朝っぱらから社内のWEB環境がダウン。MS社に対応をお願いするが復旧は1時間後。貴重な時間をロスしてしまった。
お昼休みにともっぺ(この日は休日)とジュンク堂下のスタバで待ち合わせ。ともっぺの田舎の後輩と偶然出会った。大学卒業を控えて就職活動中なのだそう。そんなこんなで食事をする時間もなくなってしまった。
D社の忘年会に顔をちょいと出す予定だったが、あまりのきつさにキャンセル。


12/11

この日は朝からあゆむくんのお遊戯会。あゆむくんがひよこダンスをするのだ。ともっぺ実家の面々も来てくれる。しかしこの日はKRPのI氏来福することになっていて、ぼくは行けない。あああ、ブルー。

スーツに着替えて、19時から3人でY氏のクリスマスパーティにでかける。某ホテルのプレジデンシャルスウィートを貸り切ってのパーティ。1泊30万超!!! もちろんぼくもはじめてそんなところに行くとですよ。
シャンパンやワインははかなりいいものが揃えてあって好感度高いですよ。ヴーヴ・クリコがあったり、カヴァのロゼがあったり。ドンペリもあったけどカヴァを置くなんて、さすがにY氏、趣味が良いです。
この日のパーティは女性が多かった。3:1くらいかな? 男性もイケメンばかりでなんだかオレって浮いてない?? 女性も綺麗な方が多くて、こんなところで酒を飲むとぼくは萎縮してしまうとです。ぼくはやっぱり居酒屋とかバーが性に合ってるのかもなあ。

なんだかんだで帰宅は3時半。ずっと気になっていたあゆむくんのお遊戯会の様子を聞いた。幕が上がると、観客の多さにあゆむくんは驚いたようで、最初から最後まで、踊りながらもびっくりしていたらしい。それは見てみたかった。
あゆむくんにともっぺ実家からプレゼント。なんと「トミカ峠やまみちドライブ」!!! あゆむくんもびっくり。ぼくもびっくり。

トミカ峠やまみちドライブ


12/12

家族でお昼から、借りていた資料を返しに百道浜の市立図書館へ。
ついでにホークスタウンへ出かける。食事に串カツ屋さんへ行くが、この時点で2時半を過ぎていて、ほとんど食べるものがなくなっていた。しかも油っこくて気持ち悪くなってしまった。
あゆむくんのお買い物は、タンクローリーとヴィッツのトミカ、それに駐車場の形をした整理ボックス。
帰りが高速出口でおそろしく渋滞して難渋した。

日産ディーゼルタンクローリー(JOMO) / トミカ トヨタヴィッツ / トミカ


12/14

「めざましテレビ」の星座占いは1位だった。そのせいだろうか、上司Pが妙に優しかったりするので気持ち悪い。


12/15

「めざましテレビ」の星座占いは12位。なんだよ、まったく。
当然朝から、どうしようもなくブルーになる話をスタッフIさんに聞かされ落ち込む。
ブルーな気分のまま、4本の企画制作を同時平行で行う。まさに制作三昧。途中S嬢のPCが不調になり、手当てなどしているうちに日が暮れてしまった。一日ははやい。今日は何をしたんだろうと少し悲しい。


+ + +

そして今日は仕事を休むことにする。手が震えてかなわない。体がぞわぞわする。いつもの離人だが今度の波は大きい。今日は長い日になるだろう。
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2004年12月09日

What A Wonderful World(12/05〜12/06)

12/05

ともっぺは朝早くにでかけた。今日はともっぺがクラリネットで参加している「ノアール・アンサンブル・ウィンズ」の定期演奏会だ。ぼくは遅れて出かけることになっている。ブログを書いているうちにあっというまに出かける時間に。
西鉄と地下鉄を乗り継いで藤崎の「ももちパレス」へ。すでにかなりの人出でちょっと驚く。

演奏内容は素晴らしかった。いや、技術的にどうこうということじゃない。お金を払えばもっと上手いブラスの演奏は聴けると思う。だけどこのブラスの音の素晴らしさはそういうところにないんだ。
音楽を演奏することの楽しみが充溢している。ステージでマーチングをやったり、子どもたちの拙いけど味のあるベルの合奏にあわせた「きよしこの夜」だったり。
ぼくはモリコーネの「ミッションのテーマ」にずいぶん感動した。「第六の幸運をもたらす宿」はとても愛らしかった。「ハリウッド・マイルストーンズ」は映画がひとつひとつ頭の中に浮かんだ。メロディの素晴らしさとそれを演奏する歓びがよく伝わったように思う。

お世辞抜きに感動したので終演後ホールに出てきたともっぺにそう伝えると、「そうでしょう!」と彼女は胸を張っていた。

夜は天神へ移動、一次会『益正』、二次会『天狗』と飲んで歩く。ぼくはメンバーでもないのにともっぺに誘われて参加したのだ。おかげで団長さんとも話せたし、たくさん知り合いができた。おかげで来年からはぼくもチューバで参加する可能性が・・・ おいおい。

良い夜と良いお酒だった。

パンフレット パンフ 演奏会の様子 大所帯

こんなブラスないよw きよしこの夜 音楽は楽しい

団長さん 団長さん ブラボー! ブラボー!

ともっぺ ともっぺ 記念写真 記念写真

そら そら


12/06

風邪。朝から頭が重くてかなり体調が悪い。前日あんなに楽しかったのに。
会社で作業をしつつ、咳が止まらなくなり、午後Yさんに諭され早退。年末進行なのに他のスタッフにうつすとまずい。
家に帰ってメールを打ちまくり、原稿を相棒S嬢に送り、業務スケジュールを検討しという具合に仕事をやる。そのうち咳も収まってきた。
そして、今日はあゆむくんが帰ってくる日。ずいぶんはやくあゆむくんもともっぺに連れられて阿蘇から帰ってきた。元気そう。
というわけで、CD−Rを買うついでに少し早めの夕食を外で。といっても「シージャック」で回転寿司なんだけど。エビをあゆむくんは食いまくっていた。彼は彼なりに考えてご飯を食べている。エビ→エビ→カニサラダ→パイナップル→いちごアイス。

+ + +

音楽というものは素晴らしい。
音楽はもちろん「上手 / 下手」という視点で量ることができる。だけどそれだけじゃない。

坂本龍一が以前、なにかの本でこんなことを言っていた。(『時には、違法』か『E.V.Cafe』かどちらかだったかな?)

 「戦場のメリークリスマス」のメロディは、どんなにピアノが下手な人が弾いたとしても美しく響く。

ぼくはこのことばにすごく納得したのだった。坂本龍一は別に「戦場のメリークリスマス」を作曲したことを自慢したいわけではない。単にこれは本当のことだ。エンニオ・モリコーネの「ミッション」だの「1900」も同じなんだ。どんなに拙い演奏でもぐっとくる。
嘘だと思ったらとりあえず『Swing Girls』のサントラを聴いてみたらいい。どれほど拙くグレン・ミラーをスウィングしているか。でも大抵の人はそれを聴きながら幸せな気分になれるはずだ。

坂本龍一 坂本龍一  エンニオ・モリコーネ Ennio Morricone

グレン・ミラー Gren Miller

坂本龍一やエンニオ・モリコーネやグレン・ミラーのメロディが高度だとか優れているとかそんな話をしているわけじゃない。
音楽を演奏することは歓びにつながるだろうし、聴く者だってそこにある歓びに感応することができる。そういう音楽は「技巧なんてどうでもいい」って言い放てるだけのマジックを持ってると思うのだ。そしてもっと大事なことは、それを演奏する誰かがいるということだ。

+ + +

たとえば、ルイ・アームストロングの「What A Wonderful World」。
サッチモは、あの人種差別の嵐が吹き荒れるアメリカで、白人からは「名誉白人」として扱われ、黒人からは「白人のピエロ」「アンクル・サム」と陰口を言われながら、ラッパを吹き、だみ声で歌った。

ラジオで歌い、ショーでラッパを吹きながら、彼はどんな気持ちだったのだろう。
彼が「What A Wonderful World」を最初に録音したのは、ベトナム戦争が悪化した頃だ。そのとき、彼はどんなことを思って歌ったのだろう。

それを考えるとぼくは涙が出てくる。

音楽は素晴らしい。どんなときでもぼくらを支えてくれる。どんなにひどい世界でも、たとえば飲んだくれてクラブの隅にうずくまっていても、幸せな気持ちで恋人とスケートリンクで手をつないで滑っていても、悲しい子どもが泣いていても、怒りや絶望にふるえる男たちが銃を手にとっても、世界には等しく音楽がある。

サッチモは、こう言った。

 君達 若い連中には
 オレに こう言ってくるのもいる…

 おやじさん「素晴らしき世界」って
 どういう意味なんだい?

 世界中でおこっている戦争も
 素晴らしいのかい?
 飢餓や汚染は
 どこが素晴らしいんだい?

 だけど このおやじの言うことを
 聞いてみないか

 オレには世界はそんなに
 悪くないと思えるんだ

 オレが言いたいことはね

 世界は素晴らしくなる・・・
 そう思って行動すればね

 愛だよ 愛
 それが秘訣だよ

 もっともっと オレ達が愛しあえば
 問題も減るし

 世界はとびきり
 いい所になるんだ

 それが このおやじの
 ずっと言ってることなんだ


たとえここがいつまでも変わらなくても、ここは「What A Wonderful World !」って言ってもいい場所だ。音楽はそれを証明する。
おおげさな謂いだけど、彼らの音楽からそんなことを思ったのだ。あゆむくんにもそれを知って欲しいと思ったりする。

What A Wonderful World / Louis Armstrong Louis Armstrong

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2004年12月05日

大名で消化不良(12/4)

12/04

ひとりで一日中パソコンに向かいながら、上司Pとあれこれ話し合う。問題点は多いし、それを解決していくためにはある程度の痛みも必要だろう。

夜10時にともっぺと待ち合わせの予定だったが、彼女の予定が早まったので9時に待ち合わせをして大名へ。ずっと気になっていた「HAZERU」へ。春吉の「たらふくまんま」の系列店。食事はまあまあ、酒にがっかり。和食にスコッチとか合うわけがないだろう。
テーブルでは、いままさに合コンなど行われていて、女の子たちは白ワインやらシャンパンやら飲んでいる。タン塩にテールの肉じゃが食べながら・・・ めまいがしてくる。 

納得いかずに「福臨臨」へ。夜は初めてだったのだが、ここも納得いかない味。やたらと塩辛い。隣では学生が合コンをしていてうるさい。どうも○教大の学生かと。男の子が女の子にとくとくとフロイトの話などしている。でも適当なこと言っちゃいかんよ、専門教育受けてるんだからさ。そんなこんなで早々にここも退散。
「バル・ミュゼット」は人が多く、ちょうど雨風も強くなってきたし、明日ともっぺが早いのでタクシーで帰宅。
消化不良な一日ですた。そろそろ大名はきつい年齢かもしれん。

+ + +

昨日ひとりでオフィスに流していた音楽たち。心なしか電子音が多い選曲です。

 Cowboy Bebop O.S.T.3 Blue /Seatbelts
 BGM / YMO
 Audio Sponge / Sketch Show
 Come Baby ep. / 岡村靖幸と石野卓球
 Smoochy / Ryuichi Sakamoto
 Routine / Routine
 Future 2 Future / Harbie Hancock
 Live On Brighton Beach / Fat Boy Slim
 Femmes de Paris Vol.2 / V.A.


Cowboy Bebop O.S.T.3 Blue /Seatbelts BGM / YMO Audio Sponge / Sketch Show

Come Baby ep./ 岡村靖幸と石野卓球 Smoochy / Ryuichi Sakamoto Routine / Routine

Future 2 Future / Harbie Hancock Live On Brighton Beach / Fat Boy Slim Femmes de Paris Vol.2 / V.A.
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2004年12月04日

雨に豆腐

雨が降っている。
こんな日は豆腐なんぞ食いたい。湯豆腐にビール、あるいはお酒。

ところが美味い豆腐ってのがなかなかない。居酒屋で「汲み上げ豆腐」だの「ざる豆腐」だのをオーダーしては後悔ばかりしている。ぼくは堅い豆腐が好きなんだが、世間に出回っているのは柔らかい豆腐ばかりだ。どうしたものか。

沖縄の堅豆腐ってのを食べてみたい。沖縄料理店に行くたびに探してみるけど、なかなかめぐり合わない。福岡では食べることができないのかなあ。
「すくどうふ」を頼んでみても、スクは沖縄のものだろうが豆腐が明らかに内地のものなので味が違うように思える。

+ + +

スーパーで買って食べる半丁38円のお豆腐は、お豆腐じゃない。豆の味がしない。お豆腐作りに肝心なのは豆と水だ。

+ + +

京都のお豆腐が有名なのは、大豆が丹波あたりで作られていたし、なにより水も美味いからだ。
『望一後千句』に祇園二軒茶屋の「祇園豆腐」の歌が詠まれている。曰く

 ゆるゆると祇園の前にやすらひて、にたりやきたり豆腐をぞくふ

『雍州府志』という江戸時代の京都案内の本を読んでいると、この祇園豆腐は竹串に刺して焼いて売られていたらしいことがわかる。いわゆる「田楽豆腐」だね。

『豆腐百珍』(ぼくはこの本の現代語訳を数年前に、どういうわけだか代官山で買った)にはいろいろな豆腐料理が載っている。料理は「絶品」だの「佳品」だの「奇品」だの「尋常品」だのにランク付けされている。
以前、「絶品」とされている「揚げながし豆腐」をレシピどおりに作ったことがある。この料理は揚げ豆腐にわさび味噌と葛のあんをかけたものなのだけど、たしかに美味かった。わさび味噌にくるみとゴマを加えるのがポイント。

しかし『豆腐百珍』にある料理法は、田楽と湯豆腐のアレンジがかなり多い。やっぱりお豆腐は田楽か湯豆腐か。

大阪高津宮の近くにあった豆腐屋が江戸時代は通じて有名だった。湯豆腐を食べさせたお店だったそうだ。「高津豆腐」という。明治時代までお店はあったようだ(『浪華百事談』)。いまはないのだろうか。

+ + +

昭和四年、臼杵に立ち寄った山頭火はこんなことを井泉水に書き送っている。ちょうど季節も今頃のことだ。

濡れ仏となって臼杵の石仏を拝観しました。或は観賞し、礼拝しているうちに、すっかりうれしくなって、抱きつきたいやうな気分になりました。そして豆腐で一杯やりました、こんなに親しみのある仏様、こんなにうまい酒がメッタにあるものではありません。

そしてこんな句も。

 しぐるるや石を刻んで仏となす

山頭火  山頭火

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No Music, No Life(12/3)

12/3

夜、Mさん、S嬢と3人で大名の「虎夢(COM)」というお店へ。Mさんオススメのお店だけあって日本酒の品揃えが半端じゃない。サービスでちょいと飲ませてもらった静岡の「磯自慢・大吟醸」は素晴らしい。口にふくむと香りの花が咲く。普段日本酒をほとんど飲まないが、実に勉強のしがいがあるお酒だと思う。Mさん、どうもありがとう。

家に帰るとあゆむくんはともっぺ実家に旅に出ていた。2ヶ月に一回、彼は出張する。仕事はともっぺ実家で愛想をふりまくこと。ことばもずいぶん覚えておしゃまになってきたので、おじいちゃんおばあちゃんも喜ぶだろう。

深夜、後輩Lからのメール。ようやく性転換手術の日取りが決まったらしい。ほんとにほんとに、おめでとう。今度お祝いに行こうぜ、とメールする。

+ + +

仕事がうまくいかなくても、美味しいものを飲んだり食べたり、友人から嬉しいメールが届いたりすると、それだけでとても良い気分になる。ぼくという人間はとても単純だ。
それを補完するのが音楽だ。No Music, No Lifeってのはいつでも本当のことだ。

 Combustication / Medeski,Martin&Wood
 Cowboy Bebop Remixes Music For Freelance / V.A.
 Cowboy Bebop Vitaminless / Seatbelts
 Time To Move On / Cloudberry Jam
 Insignificance / Jim O'Rourke
 This Is Anita / Anita O'Day
 Home & Away / Asa Festoon


Combustication / Medeski,Martin&Wood Cowboy Bebop Remixes Music For Freelance / V.A. Cowboy Bebop Vitaminless / Seatbelts

Time To Move On / Cloudberry Jam Insignificance / Jim O'Rourke This Is Anita / Anita O'Day

Home & Away / Asa Festoon
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2004年12月03日

自分の坑道を降りることもできない(11/28〜12/2)

11/28

朝ご飯は「黒田藩」でうどん。あゆむくんが朝から「ちゅるちゅる」を食べたいと言うので。そのあと食料品などお買い物に行く。
ともっぺは午後から吹奏楽。お昼の間はあゆむくんとお留守番。部屋の中でおもちゃを出して遊びたおす。夜は「瀧の家2号館」で。最近よくここに行くなあ。


11/30

13時に赤坂でOさんと打ち合わせの予定。急いでとんぼ返りをするがOさんの予定がつかずランデヴーできず。仕方ないので「福臨臨」で麻婆豆腐セットを食す。味はいいのに辛くないのが残念。チャーハンは美味いね。650円。
帰社すると諸々のお仕事に励む。非常に疲れる。
ともっぺ、急遽お仕事に行くことになる。急いで帰る。あゆむくんはかわいいなあ。


12/1

13時に赤坂にてOさんと打ち合わせ、無事終了。

+ + +

世界はいつでも自分の傍にありながら、気附く時には遠くにある。だから世界を喚ぶには、自分に呼びかける他にはない。感覚のあざむきがちな働きかけを避けて自分の坑道を降りることだ。その道だけが世界の豊かさに通じるものなのだから。(武満徹『音、沈黙とはかりあえるほどに』)

なかなか自分の坑道を降りることもできない日々が続いている。哲学なんて学ぶんじゃなかった。
というわけで本日のBGM。

 Kyoto Jazz Massive / V.A.
 戦争に反対する唯一の手段は / V.A.(Pizzicato Five Tribute)
 Return To Forever / Chick Corea
 Stand Alone Complex O.S.T. / Yoko Kanno
 The Message at the Depth / DJ Krush
 Break N' Bossa chapter 3 / V.A.
 The Unique / Thelonious Monk
 Fragile / Nine Inch Nails


Kyoto Jazz Massive / V.A. 戦争に反対する唯一の手段は / V.A.(Pizzicato Five Tribute) Return To Forever / Chick Corea

Stand Alone Complex O.S.T. / Yoko Kanno The Message at the Depth / DJ Krush Break N Bossa chapter 3 / V.A.

The Unique / Thelonious Monk Fragile / Nine Inch Nails

NINの『フラジャイル』は最近オレ様的にヘビーローテーション中。でもこのアルバムは全然売れなかったんだよな。どう考えても最高傑作なんだが。なんでだろ。マリリン・マンソンの呪いだったのだろうか。
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